千住のコンテンツ感想ノート

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【ノーベル賞作家作品】わたしを離さないで【感想】

 2017年ノーベル文学賞決定の報を聞き、カズオ・イシグロ作品の中でも馴染みやすいと噂の本書を手に取りました。

 

「わたしの名前はキャシー・H。いま三十一歳で、介護人をもう十一年以上やっています」

 冒頭のこの文章に惹かれるかどうかで、この作品を気にいるかどうかはほぼ分かると思います。

 いま日本で流行るタイプの小説ではありません。主人公は過酷な運命を課されますが、武器を取ることも、絶望に乱れることもありません。「ただの普通の人」としてできる範囲のことしかしません。それをつまらない展開と感じる人も多いかなと思います。

 

 ただ、その「ただの普通の人」の書き方がものすごく繊細です。よくあるちょっとした思い違い、すれ違い、困惑、そういうものの書き方がうまい。読後は、小説ではなくまるで本人から昔話を聞いたあとのようでした。

 

 以前これ(http://www.tbaward.com/jushou/allice.pdf )で学生文芸賞をいただいたとき、先生から「文学は節制である」との講評をいただきました。当時はよくわかりませんでしたが『わたしを離さないで』を読んだ今ならわかります。これは確かに節制の文学でした。主人公が感情を爆発させることも、華美な文体で飾り立てることもない。だからこそ一人の人間と相対したかのように深く感情移入できるのです。

 

 また本作は一時期世間を騒がせ、まだ決着したとは言い難い、とある倫理問題がテーマです。私には小説内の世界が、現実にありえた世界に見えてなりません。この小説が出なければ実現されたかもしれない世界、と言った方がいいかもしれません。IFを語る作品という意味では「『わたしを離さないで』はSF小説である」と解釈できるかもしれません。

 強烈なメッセージ性と技巧は一読の価値おおいにありです! 

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)