千住のコンテンツ感想ノート

美術展・ゲーム・書籍等の感想

【第56回文藝賞受賞作品】改良

 2019年の文藝賞受賞作です。作品テーマと美しい装丁が気になって手に取りました。

改良

改良

  • 作者:遠野遥
  • 発売日: 2019/11/14
  • メディア: 単行本
 

 カバーは白黒で強めのツヤがありますが、本体は蛍光ピンクでレザーのような質感です。そして栞と花布は漆黒。遊び紙はカバーと似た素材で、不必要なまでの照りが強烈です。開くとギシリと鳴きます。それだけで作品に浮かぶ不安定さがよくわかります。すばらしい。

 

私が買ったものは文藝賞版の帯がついていましたが、なんと帯が半透明でモザイクの粒度が違うのです。生まれて初めて装幀さんの名前を確認しました。水戸部功さんというかただそうです。

 

作品テーマと流れはよくあるもので、LGBTではないと思うが女装が好きという男性が周囲と自分をくらべたりしながら鬱屈するという話です。ただ、ここまで手垢がついたジャンルをここまできれいに仕上げられることはなかなかないと思います。一流の料理人が作ったすまし汁という感じでした。

 

文体には無駄がほとんどありません。ただただ主人公が自分の身体性に、自分の身体がままならないことに、他人にとっての自分の身体がままならないことに鬱屈し続けます。気が逸れることはほとんどなく、ずっとそのことばかり考えていて、外の世界が描写されるにしても鬱屈のフィルターを通して少しにすぎません。一番細かに描写されていたのは新しく手に入れた女装用ウィッグではないでしょうか。身体へのままならなさで世界が埋まった視界そのものでした。

 

 装幀も含めた完成度で圧巻されるという体験は「果てしない物語」以来でしょうか。あれは本が本の中に出てくるフラクタル構造だから別と考えると、初めての体験かもしれません。書店で物理の本を買うことの意味が問われる現代にひとつの解を見せたような書籍でした。ぜひハードカバー版で手にとっていただきたいです。

改良

改良

  • 作者:遠野遥
  • 発売日: 2019/11/14
  • メディア: 単行本