千住のコンテンツ感想ノート

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【ライ麦畑の王となる】東のエデン【社会派SFアニメ】

PSYCHO-PASS好きなら好きだと思う、と勧められて観てみました。案の定どっぷりと好きになりました。

juiz.jp

 

舞台は放送当時と同じ現代日本。卒業旅行中のヒロインと出会った主人公は記憶を失っていました。どうやら100億円で日本を救うか、さもなくば死、というデスゲームに巻き込まれているもよう。過去の自分やヒロインとその仲間、他の参加者と向き合ううちに、彼なりのノブレス・オブリージュを獲得してゆくという物語です。

 

ぱっと見のあらすじはデスゲームものなのですが、主人公の軌跡をたどると意外にまっすぐな貴種漂流譚であるのが見えてきます。

記憶を失う前の主人公は、ミサイルを使ったスクラップアンドビルドを目指す他の参加者から民を守るため、ニートを煽動して大規模な避難誘導を行っています。それでもニートに裏切られ、民に恨まれ、責任を丸かぶりした主人公はそのストレスに耐え切れず記憶を消すことを選びました。

物語開始時点、服まで失い丸裸になった主人公は本当にすべてを失ったことがうかがえます。ゼロからスタートした彼は「付加価値の女王」であるヒロインに出会います。ヒロインはぼんやりした性格で内定を失いますが、なんでもない物にキャッチコピーやタグをつけて価値を付与する天才であると作中に何度も強調されます。他にも以前の自分の成功パターンかのような「自己犠牲での弱者救済」で死を選んだ医師や、「優生思想」で性犯罪者を殺し外国籍男性を輸入する女社長に出会い、スクラップアンドビルドの主導者たちの「自己責任」と向き合い、主人公は少しずつ欠けていたものを手に入れていきます。

最後に主人公は自らの意思で「弱者価値付与」し「責任だけを取る」この国の王となるのです。逆算すると物語開始前の主人公は、弱者を煽動して使うけれど実は価値を見出しておらず、それ故に敗北したことが見えてくるという構造になっていました。

 

弱者との向き合い方がキーになっているこの物語で、特に映えていたのが「優生思想」の体現者と相対するジョニー狩りのエピソードでした。

すべてを失い全裸でスタートした主人公は性器をジョニーと呼び、それ以後も執拗なまでに男性器をジョニーと呼んで会話の端端に出していきます。終盤で主人公は身ぐるみ剥がした2万人のニートたちもジョニーと呼んでおり、ジョニーとは居るだけでは無価値なものの呼称であることがわかります。集合したニートの中で、仕事に成功し結婚が決まった青年だけは着衣で現れているのです。

ジョニー狩りは女社長が強姦魔の性器を切り取る事件として視聴者に提示されますが、女社長にとって無価値なものを殺し、代わりにナイスな男を輸入していることからもわかるように「優生思想」の体現であるのがうかがえます。彼女の思想信条次第では狩られたのはニートかもしれません。

主人公は女社長に「ジョニーに愛をもらったことがないの?」と問いかけますが、これはそのまま「無価値な弱者に愛をもらったことがないの?」と言い換えられると考えられます。女社長の答えである「私に愛を与えらえるジョニーが存在するのかしら」もそのまま意味がつながります。

ニートを上から煽動するだけだった主人公がこの問いを発せられるようになっている時点で、彼は王としてかなりの成長を見せているのがわかるエピソードでした。彼は自分が「優生思想」に問うたものの答えを、ラストシーンで王となる前に口にしました。

 

主人公のライバルたちは持っている思想という面でも多様ですが、その生い立ちの面でも製作者のすばらしい悪意(褒め言葉です)がうかがえます。

若年と、中年と。男性と、女性と。富や能力を持つものと、持たざるものと。

デスゲームの参加者らはこれらのパラメーターを違う組み合わせで持つよう選ばれていました。私は物語を思想どうしの戦いとして解釈しながら見ましたが、終わってみるとそれ以前に世代間闘争であり階級闘争だったのです。

 

主人公はこの国の王となるのを決めたあと、ヒロインにゴールデンリングをプレゼントしようとします。ゴールデンリングはメリーゴーランドに乗っている間に取るともう一度乗れる金属の輪だそうです。これは現代日本にはなく『ライ麦畑でつかまえて』という洋画のキーアイテムであるとのこと。

あらすじを調べると『ライ麦畑でつかまえて』の主人公はライ麦畑の捕まえ役になりたいと言うそうです。崖の淵に立ち、ライ麦畑で遊ぶ子供たちが崖の方にきたら捕まえて戻す、それだけを一日中していたいと。

主人公が成ったこの国の王は、ライ麦畑の捕まえ役に似ているように思えました。頭のいいやつがたくさんいるのに責任を取る人間がいないと言い、責任だけを取る人間になることを決めた主人公。それは一人崖の淵に立って子供が落ちぬよう見守る営みのようです。

 

ところで、デスゲームの参加者にはジュイズと呼ばれる秘書がついてるのですが、このジュイズは王になりたいと言った主人公を「王子様」と呼びました。主人公の偽造パスポートは23歳くらいでしたが、もしかしたら未成年なのでしょうか? そもそもジュイズという響きがジャッジの別言語であるのは想像に難くありません。ググってみると案の定ポルトガル語でした。他にも回収されていない伏線がたくさんあります。

 

困ってこのアニメを勧めてくれた人に確認したところ、なんと劇場版二作品に続いているとのこと。サムネイルを見ると主人公はヒロインとメリーゴーランドに乗っており、ゴールデンリングは取れなかったけどまた乗れたんだな、と観る前からほっこりしました。

 

続きがとても気になるので近いうちに観賞しようと思います。

 

 

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