千住のコンテンツ感想ノート

美術展・ゲーム・書籍等の感想

インテルメッツォ寂寥軒

※これは「オペレッタ寂寥軒」の二次創作です。こんなの読んでないで本家で笑って歯を磨いて寝たまえ。

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 吉村君が寂寥軒から帰ったと聞き、佐伯さんはむむむと唸った。吉村君と佐伯さんは同期でどちらが一番扱いづらいかを争うライバル同士である。なお、ライバル同士なのを吉村君は知らないが、佐伯さんは非常に意識していた。

 忠告を聞かない吉村君に比し、質問をしない佐伯さんは入社一週目にホチキスの針の補充を頼まれ、オリジナルの発注書を念のため7回くらいFAXし、誤送信ではないか確認の電話を入れてきた先方に見栄を張って全部正しいですと言った。上司の指示で責任をとった佐伯さんの引き出しという引き出しはホチキスの針でみっちり埋まっており、佐伯さんは社内のホチキスの守護者となれたことを誇りに思っている。その頃吉村君はマナーに厳しい取引先だよと言われていたのにお茶請けをモリモリ食べて怒られていたため、ライバルとして意識するに至ったのである。

「係長、私も寂寥軒に行こうと思います」

 佐伯さんの決意に満ちた宣言を聞き、係長は言った。

「そうか」

 

 

 かくして五時五十五分、満を持して佐伯さんは寂寥軒の前にいた。昭和を感じる引き戸には木の板が下がっている。

『準備中』

「吉村には食わせたくせに」

 夕方は六時からと書いてあるが佐伯さんは完全に見落とした。佐伯さんは寂寥軒の裏手に回った。

 よくあるなんか銀色の安っぽい金属のドアがある。当然鍵は閉まっている。上の方でカラスがカーカー言っていた。夕日はちょっとだけ届く。

 佐伯さんは黒髪の中に指をいれると、ヘアピンを一本取り出した。鍵穴に差し込み、最奥に当たった感触を確かめた。指先に全神経を集中する。

「深淵より來し暁の世を裂く碧碧の稲妻 少女の残した筺を覗け 術式四十五 鋳鍵」

 パァン! 緑色の閃光とともに錠が勢いよく回転し、扉は力なく開いた。焦げついたヘアピンを投げ捨て、佐伯さんは室内へ踏み入る。警告するように遠くでクラクションが鳴ったが佐伯さんは立ち止まらなかった。

 

 果たしてそこは、漆黒の闇であった。裏口から差し込む光と佐伯さんの影だけが床に落ちている。背後で扉が音を立てて閉まると、完全な闇が訪れた。静寂が佐伯さんを包む。

「そはなんぴとぞ」

 二人分の声がした。ぴたりと揃った二つの足音も。それが数メートル先で止まるのがわかった。

 佐伯さんは浅く長く深呼吸し、言った。

「しょうゆラーメンください」

 ブン。空を揺らす音に身をかわす。手刀の起こした風が佐伯さんの前髪を揺らした。体勢の崩れを回転に変え、佐伯さんは足払いをかける。寸分違わぬタイミングで佐伯さんのパンツスーツを跳ぶ靴音。

狂想曲カプリチオ・『噴煙』エルツィオーネ

 バスボイスが空間を震わす。すんでのところで飛びのいたものの、佐伯さんは炎の壁に取り囲まれた。喉を焼くような熱気に咽せながら、佐伯さんは言う。

「やはりあなたでしたか」

 炎の向こうに揺らめく老人の顔が四つ。老人二人と、そのエプロンにプリントされた互いの顔のぶんだ。それらは穏やかな笑みを浮かべていて。

「師匠」

 赤バイエルを手にした老人は答えない。腰にレイピアを刺した老人がついと踵を返した。その行く先にカッと音を立ててスポットライトが灯る。そこにはガールズバンドが控えていた。構成員は老人だがボーカルが老女なのでガールズバンドである。レイピアの老人はスタンドからベースを取った。印象的なフィルインが響く。弦上を自在に渡り歩く指先が重厚なイントロを奏でだした。レイピアが邪魔そうにめっちゃ揺れている。

「吉村を認めたそうですね、師匠」

 佐伯さんの細い肩はわなわな震えていた。鳴り響くベースのせいではない。

「私より先に」

 佐伯さんは腰を落とし、赤バイエルの老人を睨んだ。

「なぜ吉村を 私より先にーーーー!」

 佐伯さんと老人は同時に跳躍した。炎の壁の上で肉弾戦が始まる。老人バンドの頭サビも始まった。

 

『忠華MEN』

SEKIRYO-KEN

 

想い のびきらぬまま啜り上げた

願い 器の底まで飲み干して

あなたの世界でたとえ私が

間奏インテルメッツォにすぎないとしても

oh yeah

 

灰色の街に沈みこんだって

かたときだって忘れなかった

甘いも酸いも絡め取るような

運命という名の小麦の波間に

本当の私は居て

 

出汁ガラになったって構わない

黄金のスープの照になれるなら

決めたのに決めたのに きみは

 

(Chu-ka MEN Iccho Hi-ri-math)

 

想い のびきらぬまま啜り上げた

願い 器の底まで飲み干して

あなたの世界でたとえ私が

間奏インテルメッツォにすぎないとしても

oh yeah ah ha

 

 

 

 数日後、佐伯さんが退職届を出したと聞き、吉村君は誰だろうと思った。寂寥軒につけたレビューに複アカで参考になったボタンを連打していてたいへん忙しかった。

 

 

※これは「オペレッタ寂寥軒」の二次創作です。

 

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