千住のコンテンツ感想ノート

美術展・ゲーム・書籍等の感想

【女王はすべてを手に入れて】ミッドサマー【ネタバレあり感想】

奇祭ジャンルのピンクダイヤモンドですよこれは。

 

www.phantom-film.com

 

最初から豪速球で褒めちぎるくらいにはツボを押さえています。奇祭モノの醍醐味といえば

・生の感覚のズレ(命の序列制度、家畜や作物との一体化など)

・性の感覚のズレ(乱交、奉納性交など)

・死の感覚のズレ(みせしめ殺人、奉納殺人など)

・土着の麻薬

あたりが挙げられると思います。本作はそれらをコンプしつつ、

・それらを村人たちは祭として本気で祝ってる

というオプショナルでありながら最も表現が難しく、最も重要なポイントまで満たしてるのです。

 

しかも奇祭の紹介だけに終始しがちなジャンルの業を超越し、主人公が失ったものを勝ち得るというストーリーテリングの面でも秀逸でした。

 

主人公のダニーは、俗に言う重い女です。パニック障害を患い、また、言外の意味を含んだ話し方をしてしまう癖があります。逆に恋人のクリスチャンは鈍く無神経で流されやすい恋人で、開幕と同時に二人の相性の悪さがことさらに強調されていきます。

 

そしてダニーの妹が、両親と無理心中をしてしまうところから物語は動き出します。序盤のダニーは「感情を爆発させたい、共感して欲しい」と「ひとりぼっちが怖い、押し殺さなければ」という気持ちの間で苦しむ姿が見られます。

 

彼氏の旅行についていく形で祝祭に参加することになるダニー。その中でダニーと観客は彼女がどれだけ「共感」と「家族」に飢えていたかをじわじわ刷り込まれていきます。彼氏にすら同情や安心感をもらえないダニー。しかし彼女を取り囲む祝祭の民は、誰かが強い感情を表現すると周囲の全員で共鳴する、あえて集団ヒステリーを起こすという表現様式を持っていました。彼女が儀式を勝ち抜き女王の立場を手に入れると、そんな「家族」の「共感」は彼女のものとなります。ラストシーンでダニーが見せた微笑みは、彼女自身がそれに気がついたことの証左に他ならないでしょう。背筋のあわだつようなカタルシスでした。

 

また作品全体としてキャラクターの一貫性が素晴らしかったです。クリスチャンがその無神経と流されやすさゆえに最後まで生き残ること。ジョシュがその知恵と洞察を、祝祭を理解するためではなく現実に帰るために使ってしまったがため死亡フラグが立つ流れ。クライマックスに祝祭の功労者として冠をいただくペレが、最初からその鋭敏な感性を垣間見せていた伏線の具合……。称賛の言葉に尽きません。

 

ルーン文字スウェーデン語がわかればもっと豊かな伏線を楽しめたのでしょう。自分の教養のなさが悔しいです。

 

この記事を書いている最中に、ディレクターズカット版の公開が決まったというニュースを見ました。ぜひ見に行きたいと思います。

eiga.com