千住のコンテンツ感想ノート

美術展・ゲーム・書籍等の感想

【ネタバレ注意】竜とそばかすの姫【母に堕ちる歌姫】

細田守作品の最新作を観てきました。細田作品を観るのは「時をかける少女」に続き二作目となります。PVのライブシーンに惹かれ、音楽好きとして観に行きました。

ryu-to-sobakasu-no-hime.jp

 

あらすじとしては、母を亡くして以来歌えなくなっていた音楽好きの少女が、フルダイブSNSの中で歌声を取り戻し、荒らし扱いされていた「竜」というアカウントと心を通わせる物語です。

 

全体がディズニー版「美女と野獣」のオマージュから構成されています。主人公のアカウント名は「Bell」だったのですが、モブが「正しい綴りはBelleだと思う、フランス語で美人って意味」と言います。荒らしとしてネット自警団に追い回されていた竜をアンチするハッシュタグも「#AnvailtheBeast」でした。竜はデジタル空間の中に隠された城を持っており、AIの妖精たちを従えています。場内には秘密の薔薇が育まれており、竜とベルが心を通わし踊るシーンで胸飾りとなります。「美女と野獣」を知っている視聴者にはここで竜の生存ルートが確定したとわかる仕組みです。

 

さて見所はなんと言っても、フルダイブSNSという舞台装置を活かした圧巻のライブシーンです。スピーカーを搭載した鯨に乗ったり、巨大な球形ドームを使ったり、衣装も変幻自在です。声優が歌唱も担当するため少女が「化ける」瞬間を目の当たりにさせられ鳥肌が立ちました。

これはオマージュなのかそれともテーマが偶然一致したのか迷うところですが、2003年のRPGであるFAINAL FANTASY X-2とも共通性があります。FF X-2ではXのヒロインだった少女が平和を手に入れた近未来世界でライブを行い、仲間が乱入し戦闘になるシーンから物語が始まります。当時のCG表現や家庭の機材では限界があった飛空挺甲板や球形ドームでのライブが劇場画質・劇場音質で目の前に立ち現れ、古のオタクは感無量でした。少女が女になる話という意味でも共通性があります。

 

ただ「少女が女になる話」という点で、本作は大きな批判を免れないと思います。

 

オマージュか断言できないのに引き合いに出すのも恐縮ですが、FF X-2のユウナはXで見せた生まれながらの使命を完うする少女から、自分の意思で選び挑む一人前の大人としての成長を見せます。また美女と野獣は本当の愛に目覚め、互いに尊重しあう相手になることで野獣の呪いが解けます。

 

「竜とそばかすの姫」で主人公が手に入れたのは「母性」でした。かつて見知らぬ子を庇って死んだ母親の行動の意味を理解し、竜の正体である被虐待児を身を挺して助けに行くことを、この作品では主人公の成長として表現しています。しかしオマージュ元が「美女と野獣」ひとつだとしても、「FF X-2」も含むとしても、母性の獲得はテーマとしていまひとつ噛みません。SNSでの転生やインディーズ音楽といった自由・脱レッテルのモチーフとも相性がよいとは言えません。竜の正体が同年代や年上の男性であれば脱レッテルの搦手として鮮やかだったと思うのですが、主人公ははっきりと竜のことを「こども」と言っています。

 

テーマと解決があっていない。この点に関しては先んじてねとらぼさんで指摘している記事が出ました。

nlab.itmedia.co.jp

自分は気づけませんでしたが確かに田舎を舞台にする意味も希薄です。

 

「母性」を全面に押し出してしまい、SNSやインディーズ音楽のモチーフを消化できなかったのが残念です。しかしSNS空間の映像表現と音響の素晴らしさは類を見ないほどで、FF X-2のライブシーンをもっと良い機材で見れていたらな〜と思っていたオタクのみなさまには是非是非ご覧いただきたい作品でした。