千住のコンテンツ感想ノート

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【レマネンツ・コードブルー】推し、燃ゆ【芥川賞受賞作】

第164回芥川賞受賞作を買ってきました。どう考えても明らかに好きなやつなのが一見でわかり、ずっと気になっていた本の受賞ということで嬉しいです。この「明らかに好きなやつ」とわかる人にわかるよう作るブックデザイナーってすごい仕事ですね。

 

推し、燃ゆ

推し、燃ゆ

 

 

書影だけだとピンクが印象的ですが、実物を手に取ると原色ブルーで統一された本体、しおり、見返し、花布とのコントラストが鮮烈です。実はこの「中身が青一色で、紙一枚のうすいカバーだけに色がある」のがこの作品の全てなのです。デザイナーすごい!

 

あらすじとしては、女子高生がイケメンアイドルを「推す」活動が加熱すればするほど現実の生活がうまく行かなくなっていくさまを描く文学作品です。

ここを読むようなかたはご存知かもしれませんが、自らを「推している」と表現する人たちのファン活動は応援と呼べる範囲を大きく逸脱しています。本作の主人公も序盤の時点からバイト代をほぼすべてグッズ購入などに費やし、姉に金を借りたことも忘れています。お金も時間も気力も体力もすべて推し活動に費やし、その疲労すら感じられない主人公は自分の暮らしを「余計なことが削ぎ落とされて背骨だけになっていく」と表現しました。その推しのイメージカラーがブルーなのです。少女の視界で青いものは常に神聖性を持ち、それ以外が乱雑な信号として不器用な彼女を混乱させます。

 

居酒屋のバイトのシーンからも少女のキャパシティの低さがわかるようにできています。居酒屋の描写の後、追い討ちをかけるように勉強がいくらやってもできない描写が数ページにわたってあり、その後推しの詳細なプロフィールを赤シートを使って暗記した真逆の描写が入ります。学校での少女はサボり魔やおちゃらけといったキャラクタを獲得することも、そうあろうと努力することもありません。推し活動からもわかるように、どちらかと言えば真面目で、しかし学校で要求される能力は持たないゆえ現実世界との軋轢が大きいのです。

 

うつ病に親和する病前性格の研究としてテレンバッハのメランコリー論というものが唱えられていた時代がありました。主な特徴は「インクルデンツ」と「レマネンツ」。「インクルデンツ」は字面通りがんじがらめ、規則やルールに自ら縛られてしまうような性格傾向。「レマネンツ」は自分のすることに異様に高い水準を要求する完璧主義のような傾向を言います。そのルールや要求水準は他者から見たらくだらなかったりもします。主人公が推すために行った、中古の推しグッズを見かけたら困窮していても絶対買う、推しの誕生日のために買ったケーキを残したら悪い気がして無理に食べきって吐く、などはまさにインクルデンツでレマネンツな心を映した行動かと思われます。

 

しかし彼女の背骨であった推しは引退し、今まで彼女を縛り付けていたものがはたと無意味になる。稚拙な書き手であればここで自殺させるのでしょう。しかし這いつくばって自分の背骨を、縛るものを、再定義しなければいけない主人公を描き切ったことが妙味でした。

 

コンビニ人間』の自閉症スペクトラム気質とスキゾイド。『破局』の自生思考と妄想気分。そして『推し、燃ゆ』のインクルデンツとレマネンツ。近年の芥川賞は平均から一歩外れてしまった人間の心をいかに紹介するかを文学性として見ているように思いました。

 

推し、燃ゆ

推し、燃ゆ