千住のコンテンツ感想ノート

美術展・ゲーム・書籍等の感想

【阿波しらさぎ文学賞 徳島新聞賞受賞作】にぎやかな村【ネタバレ注意】

宮月さん受賞おめでとうございます。徳島新聞電子版で全文公開されたと聞き、読みにいきました。ツイッターで感想をつぶやくはずが、思いっきり好みのジャンルでめちゃくちゃ長くなってしまったのでこちらに書きます。未読の方はネタバレにご注意ください。

 

www.topics.or.jp

 

 あらすじとしては「その村」で行われる祭を見にいくもの。ネタバレをさけるとふんわりしてしまうこの感じ、そう、ミッドサマーを筆頭に持つ奇祭ジャンルです。大好物なんです、ど田舎で繰り広げられる奇祭。

 好物には鼻が効くものです。道案内の運転手の

「わしはこの先には行けんのよ。帰って来られんようなるけんの」

 で目がカッと開き、蕎麦の花畑で心が歓声をあげました。これは、完成度の高い奇祭が見れる導入だ! 出航5分で大漁旗を上げん勢いです。

 

 奇祭ジャンルには様式美があります。まず導入に、現代社会の理が効かない場所へ行くというメッセージがあること。その点が初っ端から100点満点でした。前述の森から運転手の言動から花畑に加え、ハンミョウのさきがけも完璧です。ハンミョウは方言で「ミチシルベ」や「ミチオシエ」の名をもちます。徳島でもそうなのでしょうか?

 主人公はここでハンミョウを追い抜くことも無視することもしませんでした。奇祭ジャンルには様式美があります(2度目)。緻密な罠のように張り巡らされた「現代社会とあちらの線」を超えるか、超えないか。「あちらの決めたルール」に抵触するか、しないか。立居振る舞いのひとつで元の世界に帰れるかどうかが決まります。村人の仕草を揶揄もせず真似、ハンミョウに付き従った主人公は明らかに「奇祭」に行き慣れています。この描写によって「もともと生存フラグを握った人間が果たしてそれを折ることなく無事に帰れるか」のスリリングな楽しみが発生するわけです。完璧。完璧だよ宮月さん。ハンミョウの先駆けはその後の描写で犬の化粧をした子供たちの先駆けに進化し、主人公はそのメッセージにもしっかり気がついた旨が描写されています。

 奇祭ジャンルの様式美のひとつに「食べたら戻れない」があります。多くの場合土着の麻薬の混入によって説明されるのですが、文脈として「よもつへぐい」を持っています。あの世の食事を摂ってしまうとこの世には戻れないという伝承です。この点も主人公は到着前から知っており、自分で食料を持ち込み、非常に気をつけて食事を回避しています。

 

 祭りの開始までは非常にスタンダードな奇祭モノなのですが、祭の最中に声をかけられ事態は急展開します。

「外は今、どんなですか?」

 事前の説明では、この祭にとってあの世は橋の向こうのはずでした。橋の上、森の入り口、2本引かれていたはずの線が急激に揺らぎます。分量にして3/4の位置、ジャストタイミングでのどんでん返しです。不穏が加速していきます。奇祭だけで上がっていた大漁旗にLED電飾が灯り歌劇団が入場する勢い。

 

 主人公は寝具すら使わず対価はきちんと渡す徹底ぶりで生存フラグを握りしめたまま帰路につきます。最後まで完璧でした。読者としてほっと一息したのも束の間。

「廃村マニア言うんですか、そういうのは、若い人の間で流行っとるんですか」

 運転手の一声で鳥肌が立ちました。ずっと奇祭ジャンルと思っていたのにまさかの二段底! 慌ててスクロールバーを戻すと、確かに最初からあまりにも準備がよすぎます。奇祭慣れなんてものではない、まるで「何もない場所に行く」かのような徹底ぶり。

 奇祭ジャンルはその性質上、あの世観光の側面を持ちますが本当にあの世として落としてくるとは思わなかった。しかもここまでマニア垂涎の様式美を守ったうえで。いやぁすごい! ほんとうにすごかったです! ご馳走様でした!

 

www.topics.or.jp