挑戦的な運営で知られるVirtualGorilla+、そこのSF短編コンテストが読者投票を行うとのことで、お祭りに参加してきました。Twitterでお話ししたことのあるかた、同じコンテストやイベントに参加して名前を知っているかた等が最終選考に残っておりワクワクです。
読んだ順に感想を書いていきます。戻るたびに作品を読むボタンがシャッフルされるの便利ですね。
【二八蕎麦怒鳴る】
圧倒的なインパクトで真っ先に手に取りました。いやだってSFのコンテストなのにこのタイトル、何がおこるかまったくわからない。
開始4行目から蕎麦の定義について解説が始まり、蕎麦が何かの比喩だという安易な期待を粉砕してくれました。第一段落最後にある主人公の悲痛な「言えばいいってもんじゃないんだよ」「やればいいってもんじゃないんだよ」がここで笑って大丈夫ですと的確に隙を提供しています。冷静な主人公のおかげで笑いどころが的確に提示され、安心して読み進められます。配役がすばらしい。蕎麦を食うあたりからボケとツッコミが交錯し始める展開の妙もよかったです。さんざ笑って「今のなんだったんだろう」と思いながら読み終えました。ここまでカオスなのにちゃんとSFに仕上がってるのすごいな……。
SFは科学の基礎教養を前提とするため読者を厳しく選ぶジャンルだと思います。しかし世の未来を作る子供や若者を育てるにあたり、絶やしてはいけないジャンルだとも考えています。これまでSFの敷居を下げる役割を果たしてきた星新一や谷川流に続く才能として、バゴプラ盛栄の担い手として、このギャグセンスは是非推したいところです。
【オシロイバナより】
2行概要でもっともクラシカルなSFらしさを発揮しており、ちょうどオシロイバナの季節どんぴしゃということもあり2番目に読みました。
設定がクラシカルで明瞭なため「オシロイバナの種」の説明にこれほどの長さを割く必要はないように見えます。もしくは船長と主人公の性格の提示と「オシロイバナの種」の説明を同時にしようとして冗長になってしまったのかなと思いました。太陽の状態にあわせて地球をハビタブルゾーンに移動させるための戦略、挿入された相談シーンが実はオシロイバナの種の制作者、と発見させる流れが非常に面白いため、登場人物が二人いる必要はなかったのかもしれません。
【黄金蝉の恐怖】
「セミマゲドン」の話を聞いた直後だったのでタイトルからとても気になりました。でもギャグじゃなかったな! 勘違いしたぜ!
最後の最後ぎりぎりまでジュブナイル小説なのに、突然SFとして突き上がってくる展開が新鮮でした。「科学的な大発見はときに夢みがちとしか思えない執着から生まれる」という現代の童話のようで、軽い読み心地がこころよかったです。途中で金の卵を産むガチョウの印象が挿話されたのが効果的でした。
【昔、道路は黒かった】
アスファルトの話だろうな、と一見してわかりましたが、それをどう引き取るのか、作中での今の道路はどうなっているのか興味を持って読み始めました。
鹿島の名前を出して大丈夫?! と不安になりましたが、実在の大手ゼネコンを出しても違和感がないくらいのリアリティで語りが進んでいきました。どこか事務的な文体も、セリフにだけある落ち度も、まるで密着取材の手記のようです。風刺の側面が強く効いたSFらしいSFでした。「未来の色彩」というお題の回収も群を抜いて丁寧だったように思います。
【ヒュー/マニアック】
宇宙のパーソナルカラー診断者という切り口は、どこか「ブラックジャック」「AIの遺電子」を感じさせます。多くの人に受け入れやすい物語だなと思いました。
【スウィーティーパイ】
アウトサイダーアートの鬼才ヘンリー・ダーガーをまさかSFコンテストで見るとは思いませんでした。採用された要素が多いのに一貫性があり、読者を混乱させることもなく、高い筆力や構成力を感じます。莫大なエネルギーを得たとはっきりわかるラストのカタルシスも非常に大きく、鳥肌がたちました。
【熱と光】
幸福論が題材、純文学テイストの難解な物語でした。私のような精神病の経験者は幸福が化学物質の奴隷であることを知っており、似た問題意識から生まれた物語のように感じました。
セロトニン受容の不具合はうつ病として知られています。また、うつ病には遺伝が原因のものもあり、父親の自殺からそれがほのめかされています。5-HTT遺伝子をいじらずに「幸福」を授けるのであれば、この方法はありえるかもしれません。セロトニン自身は脳血管関門を通過できなかった気がしますが、前駆体ならいけるのでしょうか。設定が慎重に練られているのを感じます。
可視光線外の波長によって幸福を得る彼の素質は遺伝せず、家族性うつ病の因子の半分は遺伝するかもしれない。彼女が5-HTTヘテロ型であれば、生まれながら絶望のそばにいる子ができるかもしれない。彼が受け入れようとしていたものは足元から崩れ、議論が振り出しに戻っています。苦味のある後味を残す手法が効果的でした。
【アザラシの子どもは生まれてから三日間へその緒をつけたまま泳ぐ】
最近の長雨の息苦しさにぴったりの物語でした。貧困層の心を埋める閉塞感が舞台装置とよくあっていました。
【境界のない、自在な】
ここにきて初めて色がカオスになる、という扱いの作品が来てびっくりしました。まるで肯定的な形容詞に見えるタイトルが、読後は違ったニュアンスを持ちます。デジタルとアナログの境界が消えていく現代は、老人たちの目にはこんなふうに映っているのでしょうか? 曽祖母と娘のあいだで揺れる主人公の姿が克明です。独自性のある課題の回収が印象深く、一線を画した読後感でした。
【七夕】
自然な文体による舞台背景の説明が巧みで、すっと物語に入っていけました。七夕祭りが題材だけあり、とても華やかで綺麗なお話しでした。XR創作大賞にもそのままエントリーできる芯の通ったARモノでした。未来のお祭りがこれくらい華やかだったらいいなぁと素直に憧れてしまう物語です。終盤の河原で見えた天の川は本物でしょうか? 眼内インプラントの発達で街灯や看板が削減できた結果戻った星空だったらいいなと思いました。
全作読んだ今の段階では
【二八蕎麦怒鳴る】【昔、道路は黒かった】【境界のない、自在な】
のどれに投票しようか迷っています。
コメディは【二八蕎麦怒鳴る】だけでした。感想内で述べたように、SFの未来を任せたくなるような作風です。
【昔、道路は黒かった】の完成度の高いリアリティも捨てがたい。この作者さんの作品をかぐプラでもっと読みたいです。
唯一テーマを不穏な形で回収した【境界のない、自在な】の着眼点と完成度は群を抜いています。
読者投票の期間はまだあるので、もう少し悩みたいと思います。
良質なSFに触れるとても楽しい時間をすごせました。最終候補者のみなさま、おめでとうございました。