千住のコンテンツ感想ノート

美術展・ゲーム・書籍等の感想

現代アートの教室へようこそ『ワールド・クラスルーム:現代アートの国語・算数・理科・社会』

森美術館の展示にはハズレがありません。夏休みにあわせていかにも初心者向けの展示が開催されると聞き、飛んでいきました。

www.mori.art.museum

タイトルの通り現代アートを学校の科目(タイトルにはありませんが哲学、総合、体育、音楽なども挙げられています)にたとえて分類し、昨今の潮流を俯瞰的に眺められるようにした特別展です。解説パネルがかなり丁寧に書かれており、見どころがわからなくても挑めるように作られていました。とはいえ難解な作品が多く、決して初心者におもねってレベルを下げた雰囲気はなく「解説読んでしっかり勉強してね!」という講義の雰囲気すらありました。

 

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↑『概念の形0011 球面上のメビウス変換』 杉本博司

算数セクションに配されていた、数式が示す軌跡を立体化した作品群。数学の得意な夫に「どう?」と聞いたところ「うん、これになると思う、すごいね」とのことでした。数式の美しさを知っていても図示ましてや立体化するのは骨が折れるらしく、数学好きには刺さったもよう。数3Cまでしか履修していない私にはそもそも知らない記号が多かった。しかし素人目にも緊迫を感じるほどの端正は、数式を再現するという姿勢からしかきっと生まれ得ない。アートと学問は決して相反するものではないという、この特別展らしさを最も感じられる作品だった。



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↑『ドゥー・ナット・ダイアグラム』笹本晃

同じく算数セクションの映像作品。他の展示を「喰う」ほどの存在感を放っており、展示後半の雰囲気を決めてしまうほどだった。バランス感覚に優れた森美術館でこんなことは珍しい。難解さも群を抜いており、森に浮かぶドーナツにベン図が書き足されたり突然消えたりドーナツを潰してNOT A部分を染め始めたりと不合理。しかしなぜか目を離すことができず、二十分以上ある全てを見てしまったし、何も考えることができないことでなぜか癒された。

 

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↑壁側:対話 床側:関係項 李禹煥(リ・ウファン)

哲学セクションに配置されていた、モノ派の巨匠の作品。その高名は私の耳にも届いていたが、作品を見るのは初めて。美術館を愛好する理由が「ありえないところでありえないものと出会い精神を拡張したい」である私が、繊細に掘り込まれた彫刻でも丹念に築きあげられた巨大建造物でもない、ガラス板と石に「あ、これが欲しかったんだ」と思わされた。おそらく人生が変わってしまったと思う。大抵の展示は作品に目が釘付けになるが、ここは周囲の空間すべてが作品だった。視野と精神の縁が強制的に広がった。空間を変容させるインスタレーションの極地を見てしまった。この感覚は写真には写らないので、ぜひ現地で見てほしい。

 

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↑『Root of Steps』宮永愛子

理科セクションの、蒸発しやすい物質で作られている靴たち。森美術館にゆかりある人々が履いていた靴から型取りされているようだが、すっかり穴だらけになっていたり、展示ケース内側に結晶が張り付いて何も見えなかったり。でも確かにそこにあったのだ。人との出会いを儚く、美しい形で表現していると思った。

 

 

写真は撮っていませんが、森美術館の十八番である「芸術から社会を見る」という観点が活きる社会科セクションの展示が特に充実していました。風刺や社会批判のエッジが鋭すぎて私の力量ではとても感想を書けません。美術館を飛び出しての体験型作品もあり、ここで収まる気のない熱に溢れています。

 

お盆ということで最初は行列を覚悟しましたが、ほとんどの人は同時開催のディズニーへ流れ、こちらは余裕を持って鑑賞できました。お盆休みがまだある人は、ぜひ訪れてみてください。

www.mori.art.museum