千住のコンテンツ感想ノート

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#エッチな小説を読ませてもらいま賞 落選作品『Ruby』

【注意】

 本作品は「エッチな小説を読ませてもらいま賞」への応募作品です。賞への応募作品を読む際の注意事項は下記になります。ご一読ください。

大切なお知らせ | エッチな小説を読ませてもらいま賞

 

 また、傷口への挿入を伴う性的・暴力的な描写があります。苦手な方はご注意ください。R18およびR18Gです。

 

 

 

 

 

Ruby

 

「先輩!」

 叫ぶ彼女の声が明瞭に思い出されます。振り向くと彼女が必死の形相で私に手を伸ばしていました。次の瞬間二人まとめて車にはねられ、花壇に叩きつけられました。サルビアの向こうに彼女の首がありました。彼女はうめき声をあげました。花壇の淵に打ち付けた首筋がぱっくり割れ、血が溢れ出すところでした。清らかな朝の光。すっぱい鉄の匂い。偽物じみた赤のサルビア。それらを額縁のように纏い、溢れて止まらない本物の赤。流れとねばつき。その照りとぬめりがあまりにも鮮烈で、あまりにも鮮烈で、もともと少しずれていた私はあの日から完全におかしくなってしまいました。

 

「先輩!」

 叫ぶ彼女を想像しながら私は果てます。突き抜ける快楽のなか、放たれた私が彼女の首筋の血と混じり合い、滴る様を思い描くのです。傷口に私がしみて、彼女はうめき声をあげるでしょう。彼女の中で私の濁りと彼女のぬめりが溶けあいます。

 あてたティッシュの隙間から私が溢れました。現実に引き戻され、慌ててティッシュ箱に手をのばします。

 中高一貫の男子校で育ち、大学も勉強だけして育ちました。女性と五秒以上話したことなど数回もなかったと思います。そしてただでさえ女性の少ないIT業界でもっと男ばかりのサーバーサイドエンジニアになりました。

 二年経ってフロントエンドの部署に彼女が入ってきました。その更に一年後、打ち合わせで初めて話しました。違う世界の人間だ。はっきり思ったのを覚えています。その場にいる全ての人の役割と顔色を常に伺い、適切な自分を演じられる人でした。その様はフロントエンド、客が見る部分を作るエンジニアらしい気配りがありました。後で知りましたが前職は宝飾品ブランドの営業だったそうです。無骨なデータのやり取りを黙々と合理化して暮らしている私とは真反対の人種です。いや、違う生き物とすら思いました。ただでさえ女性は苦手なのに、彼女に会うと徹夜明けの太陽にあてられたようになり、どちらかというと嫌いでした。今も嫌いです。

「ああいうときは逃げてとか避けてって言わないとダメですよね」

 事故について彼女はそう反省していました。そう言ってくれたら彼女は怪我をしないで済んで、私が赤いぬめりに狂うこともなかったでしょう。

 

 彼女と仕事で話すことはほぼありません。席も離れていて大部屋の東の隅と西の隅です。でも女性の少ない職場ですので、声が高くよく笑う彼女は、いると気配でわかりました。白い服をよく着るせいもあるでしょう。今日も談笑する姿が視界の端にちらついていました。ついうっかり昨晩の空想を思い出してしまい、私は手洗いに立ちました。

 落ち着いてから自動販売機に寄りましたが、どうにも芯が火照ってなりません。ホットコーヒーを買ったはずなのに缶がぬるく思えました。

「先輩」

 不意に元凶から声をかけられ、私は買ったばかりのコーヒーを落とします。

「すみません、びっくりさせちゃいましたね」

 彼女は笑いながら缶を拾います。長い髪が流れ、真っ赤に膨れた傷跡が露わになりました。私は体が反応せぬよう、歯をくいしばります。

「はい、これ」

 彼女は缶コーヒーに温泉まんじゅうを添えて渡しました。私が歯をくいしばったまま受け取ると、彼女は聞いてもいないのに言いました。

「先週の連休に彼氏と行ってきたんです」

 彼氏いたのか。疼きと共に、どこか安心しました。

「ありがとうございます」

 私は心から言いました。彼女は苦笑いしました。

「なんだか大仰ですね。数が足りなかったので、サーバーサイドの皆さんには内緒ですよ」

 彼女は軽く一礼して立ち去りました。踵を返す時にまた少し、傷跡が見えました。親しくもない男を庇って、顔の近くにできた傷。大切な恋人に大きな亀裂をつけられて、彼氏さんは私にお怒りでしょうか。恨んでいるでしょうか。

 ゴミ箱に放ったコーヒーの缶が大きな音を立てました。

 一生痕が残ればいい。

 

 仕事に戻っても空想ばかりで全く捗りませんでした。常夜灯に照る傷跡を指先でなぞると、彼女はうめき声をあげます。まだ痛みますか。彼女は掠れた声で「はい」と言います。ぞわりと全身が昂り、私はいきりたった私の先を、彼女の傷跡にあてます。私のきっ先と彼女の傷跡の色はよく似ていました。私は彼女の傷跡に私自身を擦り付けます。彼女が痛そうにうめくのを聞きながら、何度も何度も擦り付けるのです。怒張し、今にもはじけそうな私を感じ、彼女は叫びます。

「先輩!」

 彼女と絆を結ぼうだなんて、そんな夢は見ません。

 

 幸いトラブルもなく仕事を終え、コートを着てこなかったことを後悔しながら帰路につきました。

 毎夜のようにあの日の花壇の前を通ります。今朝まで草ぼうぼうだったはずですが、きれいに耕され、手書きの『種を蒔きました ゴミを捨てないで』という看板が立っていました。一緒に車に弾き飛ばされ、彼女が首を打ち付けた場所がどこなのか、もうわかりません。

「先輩」

 生唾を飲み込んでから振り向きました。彼女が小さく手を振りながら近づいてきます。白いコートの袖から覗く小さな手に、指輪が光りました。

「お疲れ様です。この花壇、誰が手入れしてるんでしょうね」

 彼女は私を追い抜くのかと思いきや、隣に立ち止まりました。乾いた風が通りましたが、血の匂いはしてくれません。

 ひとしきり花壇を眺めてから、彼女は言います。

「私、あの日、先輩を助けられてよかったです。助けられないのは怪我するよりつらいですから」

 薄々勘づいていました。彼女が助けたのは他所の部署のろくに話もしない名前も覚えていないどうでもいい先輩の私なんかじゃなく、過去の彼女自身か、助けられなかった誰かの幻影であることくらい。

 視界の端でずっと何かが光っています。目をやると、それは深紅の石が一直線に並んだ指輪でした。彼女は私の視線に気づき、左手を掲げます。

「婚約指輪です。ダイヤの指輪って大仰で好きになれなくて、普段使いできそうなのにしてもらいました。ルビーのエタニティ」

 本物は多分初めて見ました。一列に潤む血色の粒に目を細めます。彼女は手を首の近くに掲げてくれています。

「お似合いですよ、とても」

「相変わらずよく分からないところで大仰ですねぇ」

 気持ち悪いと言えばいいのに。彼女のひきつった笑みに、粘度の高い、重い感情が湧き上がります。もうどうでもいいのです。彼女に好かれるか嫌われるかなんて。いま私が興味を持っているのは、その傷が、傷の記憶が、いつまで生々しくあってくれるかだけ。何度私を怒張させてくれるかだけ。本当です。幸せそうに微笑む彼女と体を重ねる? バカ言わないでください。そんな想像できるわけがないでしょう。こんな女どうでも構いません。私には愛されることはおろか、人を正しく愛することすらできやしないのです。そんな方法、どこで習えるというのです?

 足早に立ち去る彼女に背を向けて、私は公衆トイレに入りました。妄想の中でひきつった笑みの彼女の髪を掴み、壁に押し付けます。ファスナーを下げた私は、傷跡を破り、溢れる赤に埋まり、無理やり想いをさし入れるのです。

 

 

【注意】

 この作品はフィクションであり、暴力行為を正当化・推奨するものではございません。恋を否認するあまり拗れるのがエッチだと思っただけです。

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